「ああ、悪いね、忙しいのに呼び出して」
「いいのよ、べつに…」
彼と離婚して7ヶ月が経った。
彼の顔を見るのは7ヶ月ぶりだ。
何も変ってない。ただ、変ったのは、
もう私の夫でないということだけだ。
そう思うと目の前の変らない彼がちょっと
不思議な存在に思えた
「少し飲んでく?あっ…予定あるならいいけど」
「そうね…少しなら」
私たちは近くのワインバーに入ることにした。
私たちはワイン好きで、かつてもよく2人でワインを飲んだ。
私はこっちが好きとか、彼はこっちの味の方がいいとか
味のことでよく語ったものだ。
「そうなんだよ、今日もさ、オレの上司、帰ろうとすると
必ず呼び出してさ、そして必ずトイレに行っちゃうんだよ、
迷惑だよな」
「へえー、かわいそう、毎日そうなの?」
彼のたわいもない会話に素直に笑っていられる
自分がひどく不思議に感じた。
一緒に暮らしていたとき、私はこんな風に彼に笑顔を
見せていただろうか?
「君は?仕事は順調?順調だよな、きっと」
「そうね…順調…かな」
確かに一人身になってから、家事の心配もないし
仕事ばかり。順調なはずだ。
「まあ、あんまり無理するなよ。…なんてオレが言える立場じゃないけど」
彼は一度でも私に家事をしろと言ったことがあっただろうか?
いや、ない。
家事のこと、家のことをやたら気にしていたのは、もしかしたら
私だけだったのかもしれない。
彼が、そして家庭が私を「妻」という狭い世界に閉じ込めたと
私は思っていた。
でも、違う。
「妻」という狭い世界に自分を閉じ込めて、首を絞めたのは
わたし自身だったんだ。
そんなことに今更気付いても遅い。
「このシャブリおいしいね。この後味がいいね」
「…口に味が残るのって嫌いじゃなかったの?」
「ああ、好みが変ったのかな?今はこのちょっとしたスモーキーさがいいね」
シャブリは作り手や発酵の仕方で後味が変わる
そう、そんなこともよく語り合ったな…
「…この書類のさ、保険金の受取人…」
「そうね、変えなくちゃね。私じゃダメだもの」
「…うん、両親にでもしとくよ」
彼と店を出て別れた。
たぶん、この先、もう会うこともないだろう。
ワインの後味はいいが、結婚生活の後味はちょっとつらい。
空を見た。また明日がやってくる。
がむしゃらに働く日々がやってくる。
しばらくは仕事に専念しよう。
そう、私が選んだ道だ。
私はその道を確かめるように
一人、覚悟を決めて、
前へ前へと
歩いた
by Premier★Bious